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井上毅先生歿後百三十年祭

令和7年3月15日、井上毅先生の130回目のご命日に井上毅先生歿後百三十年祭を執り行いました。 第一部の井上毅先生歿後百三十年祭は昭和14年に建立された井上毅先生誕生地碑の前で執り行いました。 この日はあいにくの雨模様でまた風も強く野外で顕彰祭を執り行うには最悪のコンディションでしたが、60名の方々が参加してくださいました。 井上毅先生歿後百三十年祭では熊本市立必由館高校に所蔵されている漢詩を日本吟声流総本部師範・山中奏海さんに吟詠奉納していただきました。 山中奏海さんの吟詠は大変に力強く、まさに雨風を吹き飛ばすことの如く、その場の空気も、聞く人の心も祓い清めてくれる素晴らしい吟詠でした。 第二部の講演会は場所を熊本市立必由館高校の視聴覚室に移し、皇學館大学文学部神道学科助教髙野裕基先生に「井上毅の事績と思想」というテーマで講演していただきました。 髙野先生は井上毅先生とも縁の深い國學院大學で学ばれ、また、井上毅先生についての知識も豊富で、井上毅先生が生まれ育った場所である必由館高校で井上毅先生について講演するのに最もふさわしいと言える人物です。 大学の助教ですので話も大変上手く、時にユーモアを交えながら井上毅先生の生い立ちや思想について丁寧に話してくださいました。 その中で髙野先生が最も伝えたかったのは井上毅先生の教育に対する考え方でした。 熊本県出身者として初めて大臣(文部大臣)に就任した井上毅先生は何よりも自国の歴史と国語を学ぶことを重要視していました。 文部大臣に就任する以前、井上毅先生は大日本帝国憲法を起草なされました。 その時に最も腐心されたことが外国の真似をするのではなく日本の国柄に沿った憲法を作り上げるということでした。 そのために井上毅先生は日本の国典・歴史書をひとつひとつ丹念に調べ上げ、自国の歴史に感動し、改めて自国の歴史を学ぶことの重要性を痛感なされました。 そして大日本帝国憲法を起草なされた時に井上毅先生はひとつの和歌を詠まれます。 「外つ國の千種の糸をかせきあけて大和錦に織りなさはやな」 様々な国の憲法の良い点を取り入れながらも、日本独自の憲法を作り上げた、そういった意味が込められています。 自国の歴史と国語を学ぶことの重要性、それは現代においても同じではないでしょうか。 必由館高校のある場所は元々は井上毅先生のご生家があった場所です。 その場所で井上毅先生のご遺徳を偲び、そして井上毅先生について学ぶ素晴らしい一日となりました。 ですが井上毅先生歿後百三十年はこれで終わったわけではありません。 今度はもっと多くの方々に井上毅先生を知ってもらうべく、井上毅先生のことを日本の四大天才の一人として高く評価されている明治天皇の玄孫・竹田恒泰氏を迎えて井上毅先生について更に詳しく講演していただきます。 日時は10月11日(土)14時、場所は市民会館大ホール、参加費は3000円。 詳細についてはまた後日発表致します。 功績だけを見ても熊本で一番の偉人といっても過言ではない井上毅先生。 お亡くなりになって130年という節目の年にぜひ多くの方々に知っていただければ幸甚です。 肥後の偉人顕彰会 会長 永田 誠

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井上毅先生歿後百三十年祭を行います。

  今年は大日本帝国憲法、皇室典範、軍人勅諭、教育勅語など起草し、司法・刑法を整備し、文部大臣として教育改革を行うなど多岐にわたる活躍から「明治国家形成のグランドデザイナー」と呼ばれる井上毅先生がお亡くなりになって百三十年という節目の年です。  肥後の偉人顕彰会では毎年井上毅先生顕彰祭・梧陰祭を熊本県護国神社英霊顕彰会館にて斎行してまいりましたが、今年は井上毅先生のご生家があった熊本市立必由館高校にて斎行致します。  井上毅先生が生まれ育った場所で顕彰祭を斎行し、多くの皆様と心を一つにして井上毅先生のご遺徳をお偲びできることは私達にとって望外の喜びです。  また、第二部の講演会では井上毅先生と関わりの深い國學院で学ばれた髙野裕基先生をお迎えし、井上毅先生について講演していただきます。 近代国家を目指す明治政府の中枢にてその根幹を築かれた郷土の偉人・井上毅先生の歿後百三十年祭、多くの皆様のご参列を心よりお待ちしております。 日時:3月15日(土)            第一部  井上毅先生歿後百三十年祭             午前10時(受付は9時30分から)            第二部  髙野裕基先生講演会             午前11時  (受付は10時40分から)場所:第一部 井上毅先生歿後百三十年祭             熊本市立必由館高校  井上毅先生誕生地碑前            第二部 髙野裕基先生講演会             熊本市立必由館高校3階  視聴覚室参加費:2000円(学生は無料) 下記の参加申込フォームよりお申し込みください。https://ws.formzu.net/dist/S184468772/ ※参加費は第一部・第二部の両方に参加される方も第一部のみの参加・第二部のみの参加の方も2000円となります。※必由館高校内に100台駐車できますが、よろしければ公共交通機関をご利用いただけますと助かります。ご協力の程よろしくお願い申し上げます。※第二部の講演は校舎内の視聴覚室で行います。校舎内は土足厳禁ですのでスリッパとお履き物を入れる袋などをご用意ください。 講師紹介髙野 裕基(たかの・ゆうき)昭和六十年、神奈川県生まれ。國學院大學大学院文学研究科神道学・宗教学専攻博士課程後期修了、博士(神道学)。國學院大學研究開発推進機構助教(特別専任)を経て、令和三年より皇學館大学文学部神道学科助教。主要論文「神社と教育勅語―国民道徳を媒介とした関係について―」(『近代の神道と社会』弘文堂)、「河野省三の時代認識と神道学構想」(『昭和前期の神道と社会』弘文堂)など。

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令和七年 元田永孚先生顕彰祭・東野祭

1月19日、熊本県護国神社英霊顕彰会館にて令和七年元田永孚先生顕彰祭・東野祭(とうやさい)を斎行致しました。 元田永孚先生は皆様ご存知の通り明治天皇の侍講を20年間もお務めになられ、明治天皇に父のように慕われた人物です。 また、明治天皇の勅命を受けて幼学綱要や教育勅語を起草なされ、日本人としての真心を誰もが育めるよう教育の根本を明らかになされました。 そのご功績は本当に素晴らしく、またありがたく、この郷土熊本から大変立派な偉人が誕生したことは後世を生きる私達にとっての誇りです。 その郷土の偉人の顕彰祭に本日は多くの方々にご参列いただき、元田永孚先生も大変お喜びになっていただけたのではないでしょうか。 神事終了後、元田永孚先生の幼学綱要を現代語訳なされた河野禎史さんに「幼学綱要のススメ」という演題で講演していただきました。 当時、明治政府が急速に欧化政策を推進したことによって西洋の文明や価値観がもてはやされるようになり、日本古来の美風美徳を蔑ろにする風潮が全国に蔓延しておりました。 子供達への教育も知識才芸に偏重しており、仁義忠孝といった日本人としての真心を育む教育は疎かになっている現状を憂い、「児童にとっての教育の要点は本学(仁義忠孝)と末学(知識才芸)をはっきりさせることである。本学の⼼があってこそ末学の知識を上⼿に使いこなすことができる」という想いを込めて元田永孚先生は「幼学綱要」を起草なされました。 「教学の要は本末を明らかにするに在り。本末、明らか成れば則ち民の志も定まる。民の志、定まりて天下安し。之を為すことに於いて幼学をより先はなし。汝、文学の臣と宜く一書を偏し以て幼学に便すべし」 幼いうちに日本人としての真心を涵養しておけば大人になっても知識を誤って使うことはない。それによって国の安寧は保たれる。それこそが教学の精神であり、教育の根本であると元田永孚先生は確信しておられました。 幼学綱要は現代でも十分通用するものであり、幼学綱要を普及できる環境を整えていきたいものです。 河野さんの講演は大変好評で、「また聴きたい」というお言葉も頂戴しました。 他にも来賓挨拶をしてくださいました元田暁輝さん、坂本達宣さん、そして義烈空挺隊顕彰碑建立について説明してくださった奥本康大さん、平井数馬先生歿後百三十年祭の案内をしてくださった白濱裕先生、天祐俠の現代語訳をなされた寺尾むつみさんの話も素晴らしく、私は大変感動致しました。 本日は大変良い顕彰祭となりました。ご参列してくださった皆様、本日は本当にありがとうございました。 肥後の偉人顕彰会 会長 永田 誠

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東野祭(元田永孚先生顕彰祭)

明治天皇の侍講(教育係)を20年間もお務めになられ、日本人の道徳の根本を明らかにした教育勅語の起草にもご尽力なされた元田永孚先生がお亡くなりになって今年で134年になります。その元田永孚先生のご遺徳を偲び、下記日程にて顕彰祭を挙行いたします。 神事後には幼明館代表の河野禎文氏をお迎えして「幼学綱要のススメ」という演題で講演していただきます。 幼学綱要とは明治15年に明治天皇の勅命を受けて幼童に仁義忠孝の道を教えるために元田永孚先生が編纂されたもので、孝行・忠節・友愛などの徳目二〇項目をあげ、経書によって大意を述べ、和漢の歴史上の実例を記述したものです。 近年では幼学綱要を入手することは困難でしたが、河野氏はその幼学綱要を現代語訳し、尚且つ安価で提供されています。これにより多くの方が気軽に幼学綱要に触れることができるようになりました。 当日は河野氏がなぜ幼学綱要に惹かれたのか、なぜ現代語訳をしてみようと思ったのか、幼学綱要を今の時代にどのように生かすことができるのか、そういったことについてお話になられると思います。 郷土の偉人の顕彰祭、多くの皆様のご参列をお待ちしてます。 日時:令和7年1月19日(日)11時(受付は10時30分から)場所:熊本県護国神社 顕彰会館玉串料:2000 円(お弁当代込)主催:肥後の偉人顕彰会※直会のお弁当の手配がありますので参列なされる方は1月15日までにお申し込みください。お申込みフォームhttps://ws.formzu.net/fgen/S612246012/ 連絡先090-3675-8127(担当・永田) メール info@higonoijin.com 元田永孚(もとだ ながざね)先生 プロフィール文政元年10月1日(西暦1818年10月30日)~ 明治 24年(西暦1891年)1月22日熊本藩士、儒学者、男爵。幼名は大吉。通称は伝之丞、八右衛門。雅号は東野。字は子中。号は東皐、樵翁。熊本城下山崎町(現在の熊本市中央区桜町)に生まれ、儒学者として明治天皇の侍講(教育係)を20年間お務めになられました。至誠をもって忠義を尽くされたことにより明治天皇からも厚く信頼され、周囲からも「明治第一の功臣」と呼ばれました。教学聖旨、幼学綱要を編纂し、「仁義忠孝が本なり、知識才芸が末なり」と幼児期の徳育の重要性を説かれました。また、同じ熊本出身の井上毅先生とともに教育勅語を起草し、日本人として必要な教育理念を明らかにされました。教育勅語の起草に全身全霊を傾けられたからか、教育勅語が渙発された3か月後に病のために帰幽なされます。享年72歳。

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致知9月号に元田永孚先生についての記事が掲載されました。

8月1日発売の致知9月号に元田永孚先生の記事が掲載されました。致知出版社のHPで記事が紹介されています。ぜひご覧ください。 永田 誠による特集記事 明治第一の功臣・元田永孚が示した日本のこころ|致知出版社 (chichi.co.jp)

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元田永孚先生頌徳碑の説明板設置

3月31日、東京都港区南青山にある青山霊園内の元田永孚先生頌徳碑の説明板を設置する作業をしました。 ここには元田永孚先生のお墓もあったのですがお墓は数年前に墓じまいされ、現在は元田永孚先生のご友人や門弟の方々が建立なされた頌徳碑だけが聳え立っています。 お墓がしまわれたことは残念ではありますが残った頌徳碑だけは大切にしたいと思い、弊会理事の河崎由紀夫氏に碑文を現代語に訳してもらい、そして折角訳してもらったのだから頌徳碑のそばに説明板を設置しようという話になり、この度ようやく実行することができました。 設置するためには頌徳碑の周りを綺麗にしなければいけませんので、今年初の夏日を記録する暑さの中、強烈な日射しを浴びながら草をむしり、竹を刈り、木を伐採し、そして説明板を設置しました。 青山霊園にはたくさんの偉人のお墓がありますが、一見しただけではどれが誰のお墓か全く分かりません。 おそらく元田永孚先生頌徳碑も往来する人々から見ればただ大きい石が立ってるなあぐらいの感想しかなかったのではないでしょうか。 そうであればこの大きな石が何なのかを知ってもらうべく通りに面した側に「明治天皇に父のように慕われた明治第一の功臣 元田永孚先生頌徳碑」と記した看板を設置し、内側には碑文と碑文の現代語訳、かなり大まかにまとめた年表、そしてこの頌徳碑が建てられた経緯と碑文を書いた徳富蘇峰と元田永孚先生の関係を簡単に記した説明板を設置しました。 素人の作業ですので見映えはあまり良くないかもしれませんが、これにより今まで誰の何のための記念碑なのか分からなかった方々も元田永孚先生のご遺徳とご功績を讃えるために建立された記念碑だということがよく分かるようになったのではないでしょうか。 説明板の作成・設置費にご寄付してくださった皆様、自費で上京し作業を手伝ってくださった方々には厚く御礼申し上げます。 青山霊園を訪れた際には私達が設置した説明板を一目でいいのでお見掛けいただけたら幸甚です。 肥後の偉人顕彰会 会長 永田 誠

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令和6年井上毅先生顕彰祭・梧陰祭

本日は熊本県護国神社英霊顕彰会館にて井上毅先生顕彰祭「梧陰祭」を斎行致しました。 その前に必由館高校に建立されている井上毅先生誕生地碑の前で本日梧陰祭を斎行させていただくことを奉告し、教育勅語を奉唱致しました。 梧陰祭では吟詠コンクールで日本一になった女子高生・山中七海さんに井上毅先生作の漢詩「偶感」を吟詠していただきました。 山中七海さんの吟詠は本当に素晴らしく、梧陰祭終了後に「彼女の吟詠は本当によかった。感動した」と参列者の方から絶賛の声をいただきました。 また、今年は東京から8名の方にご参列いただき、井上毅先生は熊本の偉人であり、日本を代表する偉人の一人であると改めて強く思いました。 東京からご参列いただいた皇室研究会顧問・村田春樹さんの来賓挨拶では「熊本は第二の故郷」と言っていただき、また、井上毅先生以外にも神風連や蓮田善明先生等尊皇の志の厚い先人にも言及してもらえたことを大変嬉しく思いました。 県外にも熊本の偉人に注目されている方がいらっしゃることは私にとっても励みとなります。 次に挨拶をしてくださった山中惣一郎熊本市議は幕末・維新が好きで、吉田松陰先生や高杉晋作先生、坂本龍馬先生といった有名な方々の活躍は知っていたものの熊本の偉人については全く知らず、しかし今年の元田永孚先生顕彰祭に参列し、熊本にはたくさんの素晴らしい偉人がいたことを知ってすぐに弊会に入会し、これからは郷土の偉人の顕彰活動を精力的に行うことを熱く語ってくれました。 私はその言葉を非常に頼もしく思い、若い市議の純粋な情熱こそが市政に好影響をもたらすはずだと期待させてくれました。 山中市議以外にも私達の活動に共感してくださる議員が少しずつですが増えてきていることもその期待をより膨らませてくれます。 また、今回は県知事からも祭電をいただきました。 県知事からの祭電は元田永孚先生顕彰祭を含めても初めてのことで、県にも私達の活動を知ってもらえたことは実に重要で、いつかは県知事にもご参列いただければと思います。 講演では私が井上毅先生の文部大臣時代の功績について話を致しました。 井上毅先生は歴史を学ぶこと、国学を学ぶことを何よりも重要だと考えていました。 そのため歴史の授業時間を増やし、國學院を設立し、生徒が日本人としての心の幹を太くするよう努めました。 「教育によって国を強くすることも弱くすることもできる。富ませることも貧しくすることもできる。だからこそ教育が何より重要なのだ」 井上毅先生はその信念のもと、国を強くするために子供達に自国の歴史を学ばせました。 自国の歴史を学ぶことで愛国心が心に染み渡り、軍人にしろ、工業・商業・農業に従事するにしろ、国の発展に大きく寄与すると考えたからです。 その結果、軍事力は格段に増強し、経済力も大きく増し、他国が脅威に思うほど日本は大きく発展しました。 国の命運は教育によって決定します。 最近日本のGDPがドイツに抜かれて世界3位から世界4位に転落したという報道がありました。 この原因は経済政策にあるのでしょうか。 それとも教育政策にあるのでしょうか。 原因がどこにあるのか、それを知ろうと思えば歴史を学ぶことです。 未来を作るためには過去を知らなければいけません。 過去を知るということは歴史を学ぶということです。 歴史を学ばず、海外の事例だけで政策を行えば必ず誤ります。それは歴史が実証しています。 私達が学ぶべき歴史とは何なのか、それを井上毅先生をはじめ郷土の偉人から学んでいただければ進むべき未来が見えてくる、私はそう確信しております。 来年は井上毅先生がお亡くなりになって130年、今年は県知事選真っ只中のため参列できなかった方も多くいらっしゃいましたが、来年は多くの方々にご参列いただければ幸甚です。 肥後の偉人顕彰会 会長 永田 誠

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令和6年元田永孚先生顕彰祭

1月21日に熊本県護国神社英霊顕彰会館にて令和6年元田永孚先生顕彰祭「東野祭」を斎行致しました。 今年は若手議員が多く参列してくださり、善政を行うには郷土の先人から学ばなければならないという意志を感じました。 若手議員の参列は事前に分かっておりましたので、同じく熊本出身の政治家である石坂繁元熊本市長の話をしました。 石坂元市長は「一心に教育勅語の御精神を奉體してこれを実行すること」を教育の基本方針とした合志義塾という私塾で学ばれ、そこで合志義塾の三先達として和気清麻呂公、二宮尊徳翁、そして元田永孚先生の人格や業績を学ばれたそうです。 その後衆議院議員、熊本市長となり、政治家となって郷土の偉人の顕彰を行い、昭和44年に開催された全国都市教育長協議会において「郷土の先哲を偲ぶ」という演題で元田永孚先生について講演なされました。 今の熊本に元田永孚先生について講演できる政治家は一人もいないのでないかと思いますが、55年前には元田永孚先生について講演する市長がいたことを知ってほしい、そしてあなた方にもいつかそうなってほしいという願いを込めて話を致しました。 他国や他県に学ばなくても郷土の偉人に学べば解決することは多くあるはずです。 今年参列してくださった若手議員は皆弊会に入会なされたので、郷土の偉人を顕彰することの意義を知り、学び、実践することで今まで以上に地域に貢献してもらえればと思います。 また、今回は若手議員よりももっと若い、女子高生の山中奏海さんが元田永孚先生の漢詩「中庸」を吟詠奉納してくれました。 吟詠を通して元田永孚先生の想いを若い世代が伝え継いでいく、それはとても美しく素晴らしいことです。 今後も東野祭・梧陰祭では若い世代に漢詩の吟詠奉納を続けていきたいと思います。 神事終了後には熊本教育振興会の方々から元田永孚先生地碑の再建立についての話がありました。 元田永孚先生誕生地碑は桜町の再開発に伴い撤去され、現在は産交バスの車庫に横に倒して保存されています。 この誕生地碑は皇紀2600年記念に当時の熊本校長会が建立したもので、その意志を受け継ぐ熊本教育振興会が再建立したいと現在動き出されています。 95歳の梅木節男名誉会長をはじめ、教職を退職された方々が運営する熊本教育振興会の方々が現役を退いてもなお教育者として郷土の偉人を偲び、顕彰する姿は実に尊く、弊会もそのお手伝いができればと思っております。 幅広い世代にご参列いただき、今年の東野祭はとても良い顕彰祭となりました。 ご参列いただいた皆様に改めて御礼申し上げます。 肥後の偉人顕彰会 会長 永田 誠

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令和6年 元田永孚先生顕彰祭を斎行します

明治天皇の侍講(教育係)を20年間もお務めになられ、日本人の道徳の根本を明らかにした教育勅語の起草にもご尽力なされた元田永孚先生がお亡くなりになって今年で133年になります。 その元田永孚先生のご遺徳を偲び、下記日程にて顕彰祭を挙行いたします。 郷土の偉人の顕彰祭、多くの皆様のご参列をお待ちしてます。 --------------- 日時:令和6年1月21日(日)11時(受付は 10時30分から)場所:熊本県護国神社 顕彰会館玉串料:2000 円(お弁当代込) 主催:肥後の偉人顕彰会 ※直会のお弁当の手配がありますので参列なされる方は1月18日までにお申し込みください。 お申込みフォームhttps://ws.formzu.net/fgen/S612246012/ 連絡先090-3675-8127(担当・永田) メール info@higonoijin.com --------------- 元田永孚(もとだ ながざね)先生プロフィール 文政元年10月1日(西暦1818年10月30日)~ 明治 24年(西暦1891年)1月22日 熊本藩士、儒学者、男爵。幼名は大吉。通称は伝之丞、八右衛門。雅号は東野。字は子中。号は東皐、樵翁。 熊本城下山崎町(現在の熊本市中央区桜町)に生まれ、儒学者として明治天皇の侍講(教育係)を20年間お務めになられました。 至誠をもって忠義を尽くされたことにより明治天皇からも厚く信頼され、周囲からも「明治第一の功臣」と呼ばれました。 教学聖旨、幼学綱要を編纂し、「仁義忠孝が本なり、知識才芸が末なり」と幼児期の徳育の重要性を説かれました。 また、同じ熊本出身の井上毅先生とともに教育勅語を起草し、日本人として必要な教育理念を明らかにされました。 教育勅語の起草に全身全霊を傾けられたからか、教育勅語が渙発された3か月後に病のために帰幽なされます。享年72歳。

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佐々友房先生、河上彦斎先生勉強会

弊会では毎月の定例会議の前に肥後の偉人についての勉強会を約30分程行っています。 先月は弊会副会長の宮崎泰樹君が学校党の佐々友房先生について、今月は弊会理事の宇城ありささんが勤皇党の河上彦斎先生について調べたことを発表してもらいました。 二人とも郷土の偉人についてそれ程詳しいわけではありませんが、忙しい中それぞれ担当の偉人について自分なりに一生懸命調べてくれました。 まだまだ若い二人が郷土の偉人の生き様に触れたことによりどのように価値観が変化し、どのような行動を起こすのか、今後の二人の活躍がとても楽しみです。 肥後の偉人顕彰会会長 永田誠

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