顕彰祭・慰霊祭
元田永孚先生慰霊顕彰祭

熊本県護国神社顕彰会館にて元田永孚先生慰霊顕彰祭を斎行致しました。元田永孚先生は明治天皇の教育係を20年お務めになられ、同郷の井上毅先生と共に教育勅語を起草し、日本人として必要な教育の理念、教育の根本を明らかになされた郷土の偉人です。しかし、その素晴らしき郷土の偉人に対して行政も教育界も敬意が欠けているのではないかと感じていた私は元田永孚先生をしっかりと顕彰するためにも慰霊祭を執り行わなければいけないと思うようになり、周囲にもそのような話をしておりましたが中々実現できず、肥後の偉人顕彰会を立ち上げたことを契機に多くの方々のご協力を得て、この度ようやく斎行することができました。慰霊祭では熊本県護国神社の中村禰宜が元田先生への思いを込められた素晴らしい祝詞を奏上してくださり、私は大変感動致しました。また、詩吟朗詠錦城会の吉居城柊総教師範が元田永孚先生がお書きになった中庸の漢詩を見事に朗々と読み上げてくださり、そして参列者全員で教育勅語を奉唱した時は感動で涙が溢れそうになりました。慰霊祭が終わりますと第2部の顕彰祭へと移り、外口会長がさすが会長だけあって立派な挨拶をしてくださり、また、存亡の危にあった元田永孚先生誕生地碑の件でご尽力くださった熊本県教育振興会の梅木節男名誉会長が1週間以内にサクラマチクマモトの地下通路にある元田永孚先生誕生地碑の碑文を写したプレートの横に元田永孚先生の肖像画と説明文を設置すると報告してくださいました。次に元田永孚先生の遠縁にあたる元田暁輝先生が挨拶をしてくださいました。私は今回元田暁輝先生がご参列くださいましたことを非常に嬉しく思いました。遠縁とはいえご子孫の方が慰霊祭に参加してくださったことを一番お喜びなのは間違いなく元田永孚先生です。元田暁輝先生がご参列してくださったことで今回の慰霊祭は大きな意義を持ったと思います。元田暁輝先生のご挨拶が終わると木原稔衆議院議員と野田毅衆議院議員からの祝辞を披露し、そして私が元田永孚先生のご功績と誕生地碑及び旧宅碑の現状と経緯を報告させていただきました。誕生地碑と旧宅碑の現状を初めて知った方々の中には雑に扱われている記念碑の現状に憤慨する方もおられ、歴史に思い入れがあればやはり許されることではないという気持ちを新たにしました。今回の元田永孚精神慰霊顕彰祭には30代から90代まで幅広くご参列していただけましたことを嬉しく思いましたが、プレスリリースをしたにもかかわらずマスコミが一社も来なかったことは残念でした。来年の慰霊祭はぜひ夕方のニュースに流してもらえるよう取り組んでいきたいと思います。最後になりましたが、本日ご参列してくださいました皆様、本当にありがとうございました。 肥後の偉人顕彰会副会長 永田誠

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出前授業
久木野小学校への出前授業

昨日は熊本県教育委員会の熊本の心推進アドバイザーとして当会の宮崎泰樹が水俣市立久木野小学校にて肥後の偉人である志賀哲太郎先生の話をしてきました。益城町出身の志賀哲太郎先生は熊本ではあまり知られていませんが、台湾では「大甲の聖人」として今も崇められています。明治29年に台湾に渡り、日本統治時代の台湾の教育に大きく貢献した志賀哲太郎先生は心に三つの宝を持っていました。その三つの宝とは「慈悲・倹約・謙虚」。志賀哲太郎先生はこの三つの宝を徹底的に実践され、相手が日本人であろうと台湾人であろうと、大人であろうと子供であろうと分け隔てなく接されたことにより台湾台中の大甲地区に住む台湾の人々に大いに愛され、志賀哲太郎先生の葬儀には1キロ以上の列ができたそうです。久木野小学校のみなさんにも志賀哲太郎先生が大事にされた三つの宝を志賀哲太郎先生と同じように大事にして地域に貢献できる大人に育ってもらえればと思います。 肥後の偉人顕彰会副会長 永田誠

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勉強会・講演会
徳富蘇峰勉強会

熊本県護国神社顕彰会館にて肥後の偉人顕彰会の勉強会を開催しました。今回は当会の立ち上げメンバーの一人・宮崎泰樹君に「稀代のジャーナリスト徳富蘇峰の功績と顕彰」というタイトルで徳富蘇峰について調べたことを発表していただきました。宮崎君は今年26歳になる新進気鋭の政治記者ですので、同郷の偉人であり同じ職業を志した大先輩でもある徳富蘇峰を取り上げたのでしょう。宮崎君は徳富蘇峰の功績だけでなく、徳富蘇峰を通してマスコミ業界を検証することも試みました。徳富蘇峰の現場主義、複眼的視点は政治記者として大変参考になったようです。偉人の功績やその精神を通して自らの言動を省察する、それが歴史に学ぶということではないでしょうか。歴史を知ることで、郷土の偉人を知ることで未来を切り開くことができる、今回の宮崎君の徳富蘇峰についての発表は非常に素晴らしいものでした。宮崎君には今後も肥後の偉人顕彰会の一員として大車輪の活躍を期待しています。 肥後の偉人顕彰会副会長 永田誠

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未分類
元田永孚先生旧宅地碑の移設交渉

立体駐車場の建て替えに伴い撤去予定だった元田永孚先生旧宅地碑の件ですが、白川小学校の敷地内に移設するようNTTが現在交渉中だそうです。どのような経緯で方針が転換したのかは不明ですが、先人の顕彰の心がとりあえずは保たれそうなので安堵しました。記念碑の保存について「たかだか石を守ったところで何の意味があるのか」と言う人もいますが、私は大変意義のあることだと思っています。顕彰の対象となる人物が偉大なことは勿論ですが、顕彰する心を記念碑として遺された方々の想いも同じように尊いものであり、同じ人物を尊敬する後輩としてその想いを受け継ぎ、そして次の世代に受け渡すことが我々の務めのひとつなのではないでしょうか。と、偉そうなことを言いつつも私は今回何もできませんでしたが、結果的に旧宅地碑が(場所は変わってしまいますが)保存されそうでなによりです。現在桜町再開発のために西部清掃倉庫に保管されている元田永孚先生誕生地之碑についても工事終了後には元田先生のご生家付近に再び建てられますことを心より祈念致します。 肥後の偉人顕彰会副会長 永田誠

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顕彰祭・慰霊祭
井上毅先生慰霊顕彰会

3月17日に肥後の偉人顕彰会で井上毅先生慰霊顕彰会を開催しました。井上先生は熊本市坪井生まれ、大日本帝国憲法や教育勅語の起草などの多岐にわたる活躍から「明治国家形成のグランドデザイナー」と呼ばれる偉人です。顕彰会当日は、熊本市立必由館高校内にある井上毅先生誕生地碑の前で国旗を掲げて参加者全員で教育勅語を奉唱し、井上毅先生に感謝と哀悼の誠を捧げさせていただきました。慰霊顕彰会終了後、校内にある肥後熊本藩家老・米田家の庭園・採釣園と米田家旧邸を見学。米田家旧邸は熊本地震の際に倒壊し、未だそのままの状態でした。その後、場所を桜山神社に移し、神風連記念館を見学した後に社務所にて永田誠副会長が井上毅先生のご功績について講演。大日本帝国憲法や教育勅語の起草などの功績について説明したほか、信念を曲げられずに難局を乗り切ってこられたエピソードも交えながら紹介しました。毎年続けることで規模を拡大し、井上毅先生のご功績とその精神を多くの方々に伝えていければと思っておりますので、皆様もご協力のほど何卒よろしくお願いします。

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ツアー
肥後の偉人のゆかりの地を巡る

肥後の偉人顕彰会では10月21日に、偉人ゆかりの地を巡るツアーを企画しました。まずは、熊本市西区の花園墓地にある肥後国学の祖と言われる国学者・高本紫溟と長瀬真幸のお墓を見学。その後、中央区の熊本市立必由館高校の敷地内にある大日本帝国憲法や教育勅語の起草に尽力した井上毅の誕生地碑や、中央区の朝日野総合病院ちかくにある木下韡村のお墓も訪問しました。最後に中央区新屋敷にある教育勅語の起草に注力した元田永孚の旧宅碑や中央区大江の徳富記念館を訪れ終了しました。いずれも「こんなところにあったのか」という驚きと、整備、清掃されていない場所などもあり、「どうにかしないといけない」という思いが湧きあがってきました。特に元田永孚の旧宅碑は新屋敷のコインパーキング内にあり、外から旧宅碑があることが分からないばかりか、熊本地震の影響で石碑は横倒しになったままの状態でした。肥後の偉人顕彰会では、来年3月に井上毅の命日に合わせ、慰霊祭と講演会を予定しています。今後も活動を続けていきますので、皆さまのご支援ご協力お願いいたします。

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