軍艦長良慰霊祭
うしぶか海彩館の2階にある軍艦長良記念館向かいの視聴覚室にて斎行されました軍艦長良慰霊祭に参列してきました。
軍艦長良(巡洋艦)は昭和19年8月7日12時20分頃に牛深沖でアメリカの潜水艦クローラーの雷撃によって撃沈され、中原艦長以下348名が長良と運命を共にし、237名が地元の漁師達によって救助されました。
長良撃沈の報せを聞いた佐々木ツルさんは娘のカナエと一緒に仏壇に手を合わせて、長良と運命を共になされた方々のご冥福をお祈りされました。
そして戦後になり、軍艦長良の慰霊碑や国のために命を尽くされた方々の供養をする慰霊碑を建立する決意をされます。
「空襲や原爆によって親兄弟が死に絶えた戦死者の供養はしてやる者がおらん。私はおなごの身で金も持たんがせめてそういう人がたの供養をしておあげせねばならん」
その一心で染物や野菜を売る行商で得た売上の一部を貯金し、慰霊碑建立を決心してから22年、日清日露慰霊塔、陸軍記念碑、海軍記念碑、無縁仏塔戦没者慰霊碑、山本元帥弔魂碑、そして軍艦長良慰霊碑を建立なされました。
慰霊碑を建立するまでは毎年長良が撃沈された日に洋上で慰霊をし、慰霊碑が建立されてからは一日も欠かすことなく毎朝慰霊をし続けました。
40年以上にわたって慰霊を続けた佐々木ツルさんのその魂に私は日本人の真心を見ました。
佐々木ツルさんは昭和61年に88歳で永眠なされますが、その魂は天草市社会福祉協議会の福本壮一さんに受け継がれ、毎年8月7日に軍艦長良慰霊祭が斎行されています。
肥後の偉人顕彰会では佐々木ツルさんを肥後の偉人として顕彰し、これからも軍艦長良の慰霊祭に参列し続けようと思います。
肥後の偉人顕彰会会長 永田誠


